或る塾講師の読書録

簡単に読める小説を中心に、紹介できれば良いなと思っています。

【文学史】近代文学の思潮① 黎明期

 どうも。ジュクリブです。

 

 この記事では、文学史シリーズの第1回として、近代文学の黎明期について書きたいと思います。

 

 そもそも、なぜこんな記事を書こうと思ったのかというと、私自身がよくkindle青空文庫の作品を読むからからです。青空文庫にあるということは、著作権切れの古い作品ということ。すると、それらの作品をより深く理解するためには、時代背景を知っていたほうが望ましいに決まっています。だから、近代文学史の思潮を整理するために、この記事を書きかました。

 

近代文学と明治時代

 一般的には明治時代以降の文学を指します。明治時代と言えば、江戸時代の鎖国政策から転換し、西洋の思想や文化を取り入れる文明開化が起きた時代です。すなわち、今までの価値観が大きく変わっていくはじまりの時代というイメージを持っていると良いかと思います。

 さらに具体的に考えると、江戸時代は封建社会であり、儒教の思想が根付いていました。乱暴ですがざっくりいうと、江戸時代は「上の者に下の者が従う」時代だったということです。上の者というのは、将軍や各地の有力者、親、年長者などです。一方で、明治時代は、日本が封建社会から民主主義国家へ転換を始めた時代でした。

 

啓蒙時代=実利主義的

 そんな西洋の文化を取り入れるために、西洋の文化等を紹介した有名な著作が以下の3つです。

 福沢諭吉学問のすすめ』⇒日本の封建社会から民主主義国家への転換、儒教思想の否定。

 中村正直訳『西国立志編』⇒サミュエル・スマイルズ著『自助論』を翻訳

 中江兆民訳『民約訳解』⇒ジャン=ジャック・ルソー著『社会契約論』を翻訳

 

・明治初期の文学

 文明開化をしたからと言って、すぐに劇的な変化は訪れません。江戸時代と同じような文芸活動が行われ、そこに文明開化の息吹が入り込むような作品が作られました。そして、大きく3つの文学に分けられます。

 

①戯作文学=文明開化後の新風俗を取り込んだ戯作。江戸後期の戯作の流れをくむ。

 仮名垣魯文西洋道中膝栗毛』『安愚楽鍋

 

②翻訳文学=西洋文学作品の翻訳

 川島忠之助訳ヴェルヌ著『八十日間世界一周

 

政治小説=国会開設や自由民権運動の高まりを背景に、政治的な思想の主張を行う

 矢野竜渓経国美談

 東海散士佳人之奇遇

 

 それでは、このへんで。次回の文学史シリーズは、写実主義と擬古典主義について書く予定です。

【青空文庫】『蒲団』(著:田山花袋)

『蒲団』はこんな人におすすめ

青空文庫で読書をしたい人

・少しまとまった時間が取れる人(読み終わるまで、2時間くらい。) 

・明治あたりの文明開化の雰囲気に触れたい人

 

 どうも。「大人の〇〇」って便利な表現ですよね。ジュクリブです。

 大人の事情、大人の世界、大人の恋愛。「大人の」をつけると、たとえ少し不都合であっても”大目に見てね”感がありますよね。

 

 さて、この記事で紹介するのは、田山花袋著『蒲団』です。この作品と言えば、自然主義文学の代表作でしょう。文学史的な説明は、別記事を用意する予定ですので、この記事では省略します。

 

 『蒲団』は2時間前後で読める作品ですので、少しまとまった時間が取れれば一気に読めると思います。1907年(明治40年)の作品ですが、文体も今とたいして変わらないので読みやすかったです。是非、一度読んでみてください。

 

以下、あらすじと感想です。

・主な登場人物

竹中時雄・・主人公。妻子持ちの作家。三十六歳。

横山芳子・・竹中に弟子入りするために、上京してきた女学生。

田中秀夫・・横山の恋人。横山が上京したのを機に、横山を追って上京する。

 

・あらすじ

 竹中は横山に好意をよせるようになっていたが、横山には田中という恋人がいた。横山が田中とは清いお付き合いをしていると言っていたので、師としてそれを快くは思わないものの認めていた。しかし、実際には竹中が思っている以上に、横山と田中の関係が進んでおり、そのことを横山は隠していた。それが分かったため、竹中は怒り、横山を実家に帰す。

 

・感想

 女性の一人の個人としての立場や、貞操観念などは、現代とズレる部分がありますが、それもレトロな雰囲気として楽しむことの出来る作品でした。

 竹中の横山との不倫願望であったり、しかし竹中は弟子でうかつに手を出せないという葛藤であったり、そういった竹中の心情をストレートに描いた作品でした。

 個人的には、共感できることは少なかったですが、理解はできることは多かったように思います。昼ドラのモチーフになってもおかしくないような内容でした。

 

それでは、このへんで。

【10分読書】『ラムネ氏のこと』(著:坂口安吾)【青空文庫】

 どうも。ウニが大好きジュクリブです。

 

 美味しいけど、最初に食べた人はどうして食べようと思ったのっていうものってありますよね。フグを筆頭としたあたるものなどは、それの代表格ではないでしょうか。

 

 この記事で紹介するのは、上記のことをフックに物語を展開していく作品、坂口安吾著『ラムネ氏のこと』です。私は記憶にないですが、高校の現代国語の教科書にも収録されたことのある作品らしいです。確かに、古い仮名遣いが含まれるので、中学生だとまだ読みにくさを感じる作品かもしれません。しかし、前半では筆者の実体験を踏まえた笑い話で入り、後半にかけて筆者の伝えたいことを書いてある作品で、内容的には読みやすい作品ではないかと思います。

 『ラムネ氏のこと』は10分程度で読める青空文庫掲載作品です。是非一度、読んでみてください。

 

・ラムネ氏は何を象徴しているのか?

 「ラムネ氏=何かを発見、発明し、後世に伝えている人」。これがわからないと、この作品は意味が分かりません。

 そもそも、この作品におけるラムネ氏とは、ラムネに入っているビー玉の仕組みを考えた人のことを直接的にはいっています。そして、作品の中盤から後半にかけて、「ラムネ氏は何かを発見、発明し、後世に伝えている人」の言い換えとして、作品中に何度も登場します。

 これをもとに、作品をざっくり理解しましょう。本作品は、上・中・下の3パートに分かれており、さらにそれぞれに筆者のエピソードと筆者以外のエピソードに分けられます。それを踏まえて、ざっくり流れをつかみます。

 

(1)上

①筆者のエピソード

 →アユ釣りに来て、ラムネの玉を発明した人の話になる。

 ⇒ラムネの玉を作った人ってすごいよね!

 

②フグの話(フグの毒にあたった太郎兵衛と頓兵衛)

・太郎兵衛→遺言が「フグを食べてはいけない」

・頓兵衛→遺言が「フグは美味い。だけど、血を絞らないと、俺のように死ぬよ。」

 ⇒太郎兵衛は何の発見もしていないけど、頓兵衛は子供たちに新たな教訓を残している。「頓兵衛=ラムネ氏」

 

(2)中

①筆者のエピソード(とある鉱泉宿での出来事)

 知らないキノコが食事と出されるが、そのキノコがよくわからないもので怖くて食べられない。

 ⇒挑戦しないことには、発見もない。「筆者≠ラムネ氏」

 

②その鉱泉宿のキノコ名人

 自分のとってきたキノコにあたって亡くなる。しかし、住人はそれを気にせず、キノコを食べ続ける。キノコ名人は、なぜ自分が毒キノコを食べてしまったのかや、毒の原因についての究明をしていないし、周りの人もしていない。すなわち、新たな発見をしていない。「キノコ名人≠ラムネ氏」。しかし、住人は恐れずにキノコを食べ続けている。「住人=ラムネ氏予備軍」。

 

(3)下

①伴天連

 「愛」という未だなかった言葉を、新たに翻訳した。「伴天連=ラムネ氏」

 

②筆者のエピソード(戯作者)

 「既存の公式に反抗を試みた文学=戯作」。既存に反抗し、新たな境地を開拓している。「戯作者=ラムネ氏」

 

・まとめ

 結果的に、筆者は何を言いたかったのか。筆者はこの作品を通じて、ラムネ氏を評価しています。そして、作品の最後に、ラムネ氏的に生きることは、一生を賭けるだけの価値があると断言しています。筆者自身が戯作者であることを踏まえると、自分のやっていることには価値があると言いたいのでしょう。

 

・感想

 何かに打ち込むことは大変ですし、打ち込み続けることはさらに大変です。「好きこそものの上手なれ」と言いますが、それに「継続は力なり」が加わらないと、ラムネ氏にはなれないんだろうなとつくづく感じました。

 

 それでは、このへんで。

 

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運営者 :ジュクリブ

初出掲載:2019年11月19日

【10分読書】『待つ』(著:太宰治)【青空文庫】

『待つ』はこんな人におすすめ

・気軽に小説を楽しみたい人(10分程度読める。青空文庫掲載作品)

・考察を楽しみたい人

・戦争に関わる作品を読みたい人

 

 どうも。待ち人来ず。ジュクリブです。

 

 この記事で紹介するのは、太宰治著『待つ』です。読んでみての感想を一言で表すと、「難しい」です。特段、文体や言葉遣いが難しいわけではありません。むしろ、読みやすいくらいです。しかし、この小説の核である”何を”待っているのかを考えると、一筋縄でいかない作品だなと思います。宮沢賢治の小説『やまなし』のクラムボンの正体は何なのかという感じに似ていると思います。

『待つ』は10分程度で読める青空文庫掲載作品です。是非一度読んでみてください。

 

 

・作品の背景

 本作品『待つ』は太宰の短編小説集『女性』に収録されており、昭和17年(1942年)に刊行された作品です。作品中に”大戦争”という記述がありますが、これは太平洋戦争を指していると考えるのが妥当です。なぜなら、この前年の昭和16年に日本が真珠湾攻撃をし、太平洋戦争が開戦しているからです。これからどんどん戦争へと突き進んでいく最中という背景が、この小説にはあります。

 

・登場人物とあらすじ

 『待つ』の登場人物は、私こと二十歳の娘一人である。彼女の独白形式で、物語は展開していく。彼女は、誰とも、わからぬ人を迎えに、毎日省線の小さな駅に向かいます。そして、自分は誰を迎えに来ているのか、自問自答し、結局答えの出ないままこの作品は終わってしまいます。

 

・結局、二十歳の娘は何を待っているのか?

 結論から言うと、彼女が待っているものは、戦争前の平凡な日常だと思います。それでは、以下にそう思う根拠を示します。

 本文中に彼女は”誰かを待っている”とあります。一見、”誰か”というくらいですから、人を待っていそうな気もします。しかし、彼女は極度の人嫌いのようですし、待っている誰かが、明確に旦那様や恋人、友達ではないと文章中で明記されています。また、具体的な誰かが分かっていれば、そもそも誰を待っているのかを自問自答さえしないでしょう。答えは人ではない、抽象的なものでしょう。

 では、何を待っているのか。本文中の自問自答の1節です。

 

”もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。いや、ちがう。青葉。五月。麦畑を流れる清水。やっぱり、違う。”

 

 この1節が表現したいことは、別に華々しいものや、期待に胸躍るものを待っているわけではないということだと思います。

 

 そして、そもそも彼女はなぜ駅で待っているのでしょうか。私が駅で連想することは、通勤通学でした。要するに、行って帰ってくることが期待されているのが、駅という場所なのではないでしょうか。

 最後に、小説の最後の1節です。

”私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰ってく二十の娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さな駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。”

 ただ、読者が彼女を具体的に見つけるというよりも、読者が彼女の待っているものに、いずれ気づくと考えると良いように思います。

 この小説の舞台は、戦争が開戦した時代。いわば、異常事態です。不安を感じる人もいれば、いつもと違うことに、高揚感を覚えた人や、わけもわからず熱狂していた人もいたでしょう。

 彼女は、時間が経つにつれて、読者が今までの平凡な日々が大切だった気づくと、暗示しているように思います。

 

それでは、このへんで。

 

【10分読書】『朝』(著:太宰治)【青空文庫】

『朝』はこんな人におすすめ

・読書を気軽に楽しみたい人(10分程度で読める作品。青空文庫掲載)

・男女間の心の機微に触れたい人

・男性が女友達に思う葛藤を知りたい人

 

 

 どうも。朝の清々しい空気は好きですが、ほとんど早起きをしないジュクリブです。

 

 さて、この記事で紹介するのは、太宰治著『朝』です。タイトルこそ爽やかですが、男女の曖昧な恋心のお話です。男女二人が同じ部屋にいて、少なからずお互いに好感を持っている。しかし、付き合ってもいないし、まして愛人でもない。男がアクションを起こして良いのかどうかという葛藤を描いた作品です。

 この紹介する『朝』は、10分程度で読める青空文庫掲載作品ですので、是非一度読んでみてください。

 

 

 以下はネタバレを含んだ感想です。

 

・登場人物

 私・・・職業は小説家。具体的な描写はないが、おそらく中年男性と思われる。

 キク・・若い女。キクの母親が主人公の私と浅くない知り合い。私を信頼している。

 

・あらすじ

 ある晩、私が酒を飲みすぎてしまい、キクの部屋に泊めてくれと尋ね、キクはそれを承諾する。お互いに好意を持っている二人。私はキクに手を出してはいけないと思いつつも、酒のせいで行動を起こしそうになるが、それでも必死にキクに手を出してはいけないと自制するという葛藤のお話。

 

・二人の関係性とキクから見た私

 まず二人の関係性ですが、キクの母親が私と知人と書かれてあることから、私とキクの母親が同世代と考えるのが普通かと思います。個人的には、40代の男性と20代の女性の話とイメージしました。

 そして、二人は少なくともお互いのことを良い人と思っているようです。少なくとも、キクは泥酔した私を一人暮らしの家に泊め、少し酔いが醒めたところで、またお酒を勧めているところから、私に対して好意をもっていることは確かだと思います。

 しかし、この好意が恋心かどうかは、人によって判断がわかれると思います。なぜなら、キクの行動や言動は書かれていますが、心情については一切書かれていないからです。この小説が、私の一人称視点ですので、キクの確固たる心情がわからないのです。

 ただ日頃お世話になっている男性に気を遣っただけと思う人もいるでしょうし、女性の一人暮らしの部屋に男をあげたんだから、キクもやぶさかではないだろうと思う人もいるでしょう。

 個人的には、キクは私を受け入れる用意はあったと思っています。なぜなら、キクが会社勤めをするくらいには大人なので、男女の仲についても知っているのが普通だと思うからです。

 

・私からみたキク

 私はキクの母親との知り合いと言っています。知り合いの子供に手を出すのは、気が引けますよね。自分が40代だと仮定して、友達の娘に手を出す。少なくとも、自分には無理ですね。

 また、私とキクの母親が旧知の仲だった場合、キクを幼い時から知っている可能性があります。その場合、私にとってキクは、娘や年の離れた妹のような存在だったかもしれません。やはり、そんな関係性の女性には手を出しずらいでしょう。

 

・感想

 結局、私がキクに手を出したかどうかは明記されていません。しかし、本文の記述から類推するに、おそらく手を出さなかったと考えるのが妥当だと思います。

 キク自身は、自分から積極的にいくつもりはなかったが、求められたら応じるつもりだった。しかし、私は今までの関係性から、最後の最後まで行動に移すか悩んだが、気づけば朝になっていた。そんなところでしょう。

 朝というと、個人的には爽やかなイメージです。しかし、古代では後朝の文(きぬぎぬのふみ)のように、朝は男女が一夜をともにした別れの時間です。もしかしたら、朝は男女を分かつ切ない時間なのかもしれません。

 

それでは、このへんで。